
日本にはどんな有名アームレスラーがいる?
海外の有名アームレスラーまとめに続いて、この記事では日本国内で活躍してきた・活躍している有名アームレスラーを紹介します。「伝説のヘビー級王者」金井義信選手、若き女子世界女王の竹中絢音選手、日本人初のプロ大会世界制覇を成し遂げた小寺弘士選手、そして元女優という異色の経歴を持つ女子アームレスリングの先駆者・山田よう子選手の4名です。
金井義信(かない よしのぶ)
金井義信選手は1976年2月10日、兵庫県明石市生まれ。身長173cm・体重105kg。映画「オーバー・ザ・トップ」に感銘を受けてアームレスリングを始め、18歳で県選手権を制すと、1996年に全日本選手権で初優勝しました。
1998年のWAF世界アームレスリング選手権(カナダ開催)で80kg級を制して世界タイトルを初めて獲得し、翌1999年の世界選手権(東京開催)でも同階級を制して2連覇を達成。2009年にはアジア人として初めてヘビー級の世界王座に就いています。全日本選手権では9連覇を含む複数回の優勝を重ねました。
2012年にはフジテレビの番組でボブ・サップ選手を圧倒する場面が放送され、競技を超えて広く知られる存在になりました。2010年にラスベガスでの試合中に上腕二頭筋腱断裂の重傷を負うなどの苦難もありましたが、2018年3月に現役引退。現在は一般社団法人JAWA日本アームレスリング連盟の常務理事・国際部委員長・関西ブロック長を務め、競技の普及に努めています。
竹中絢音(たけなか あやね)
竹中絢音選手は1999年生まれ、岐阜県出身。アームレスリング選手だった父親の影響で10歳の頃から競技を始めました。中学3年生で全日本アームレスリング大会に優勝し、高校1年生では3階級を制覇。世界アームレスリング選手権のジュニア部門でも2連覇を達成しています。
そして2023年、WAF世界アームレスリング選手権のシニア55kg級で圧巻の強さを見せて世界一に輝きました。現在はスポーツトレーナーとして活動しながら、パーソナルトレーニング指導やアームレスリングの練習会も行っています。
小寺弘士(こでら ひろし)
小寺弘士選手は空手経験者で、道場で体重100kg以上の相手にも腕相撲で勝利したことをきっかけに、ジムで「世界チャンピオンになれる」と勧められアームレスリングを本格的に始めました。
全日本選手権では6階級で優勝を果たし、2019年の世界大会(W杯)では日本人として初めて優勝するという快挙を成し遂げています。得意階級は-55kg級です。
山田よう子(やまだ ようこ)
山田よう子選手(本名:山田洋子)は1976年5月25日生まれ、東京都出身。女優・南田洋子さんの縁戚にあたり、堀越学園芸能科在学中は女優として活動していました(TOKIOの松岡昌宏さんとは同級生)。芸能界の体質が合わず、20歳頃に芸能活動から距離を置いたといいます。
アームレスリングでは全日本選手権で2002年から2012年にかけて11連覇を達成。2017年に競技へ復帰すると、そこからさらに4連覇を重ねました。世界大会では2005年の女子-45kg級で優勝し、日本人女子として初めての世界王者となっています。2019年のポーランド大会でも女子シニア52kg級で優勝しました。総合格闘技・女子プロレスラーとしても活動した経歴を持ちます。
まとめ
金井義信選手はヘビー級で世界と渡り合った「伝説の王者」、竹中絢音選手は若くして世界の頂点に立った現役の女子王者、小寺弘士選手は日本人初のW杯制覇を成し遂げた選手、山田よう子選手は日本人女子として初めて世界王者になった先駆者です。海外の有名アームレスラーまとめとあわせて、日本のアームレスリング史を彩ってきた選手たちとして押さえておきたい顔ぶれです。
※本記事の情報は各選手の経歴・実績に関する報道記事および一般社団法人JAWA日本アームレスリング連盟の公式サイト、Wikipediaの記載に基づいています。断定的な表現は各情報源の記載内容の範囲にとどめています。
引用元・参考情報
- アームレスリング世界チャンピオン金井義信|現JAWA常務理事のご紹介(JAWA公式) — 金井義信選手の実績・現在の役職の確認
- 金井義信(Wikipedia) — 生年月日・出身地・経歴の確認
- 世界一の剛腕女王・竹中絢音が語るアームレスリングの魅力(Real Sports) — 竹中絢音選手のプロフィール・実績の確認
- アームレスリング世界一の男女が明かす日々のトレーニング(web Sportiva/集英社) — 小寺弘士選手・山田よう子選手の実績の確認
- 山田よう子(Wikipedia) — 山田よう子選手の本名・経歴・世界選手権実績の確認

